観た直後、あまりの煮え切らなさに「高橋監督に撮る意志はなかったに違いない」との思い込みとともに書き殴ってしまったが、添付されたパンフによればそうでもないようなので、改めて書くことにする。
監督は残された問題に決着をつけてゆく予定なのだという。本作では「神」を、「孤影再び」ではテイタニアを、そして来るべき作品ではフィアナの問題に決着をつけるのだと。なるほど、それならば一縷の望みはある。しかし、本作を観るかぎりその望みをいつまでも抱き続けられるかには疑問が残る。
例えば、神だ。敢えてこの存在に終止符を打つにあたり、この方法は受け入れがたい。ロッチナの神への一言に救われるものの、やはり語り直しは監督の意図する効果を上げていない。モンテウェルズのぶざまな道化ぶりも、ジュノの本質とは離れた演技も、やはり終幕の早過ぎる下ろし方が生んだものと考えれば、この物語のありよう自体に疑問を呈さざるを得ない。神の問題を語るということが成り行きで決まったという監督の吐露が正直なものであるのなら、いっそセンチメンタル・ジャーニーで終わったほうが肩透かしにはならなかったろう。
TV版のボトムズの本質は純愛物語だと喝破した論者がいた。なればこそ神やテイタニアよりもなお増して、語るべきはこの物語ですら触れられたフィアナの真実ではないか。高橋監督にはまだボトムズを撮る意欲があるのなら、それこそを描いてボトムズを締め括ってもらいたい。いい年のおっさんである自分には、新鋭監督の撮った「ボトムズ」は趣味ではないが、冷静に観れば新たな観客を牽引し得る底力を感じさせる作品であろうと特典映像から判る。どうかそれに匹敵する最後の馬鹿力を高橋監督には見せて欲しい。監督の本気が見たいのだ。それが観られるなら、この予告編への出費の是非は問わない。
この巻を買われるファンの皆さんには、真のエンディングを目撃するために観る、という覚悟で臨んでいただきたい。救われた側のキリコをめぐる仲間たちの姿に免じて、少々甘い点を付け直した。