内容紹介
「被災地をまわりながら、大船渡のリアスホールや石巻の宮城県慶長使節船ミュージアムなど
著名建築家が設計した文化施設が避難所として機能しているのを見て、
非常時に建築が発揮した力に勇気づけられる場面もあった。
しかし、ビルが横倒しになったらしいという断片的なニュースを聞いて訪れた
宮城県の女川町で言葉を失った。
8割の建物が被災し、カオスというべき無茶苦茶の風景である。
呆然としながら、廃墟になった街を1時間ほど歩くと、
だんだんと異常な壊れ方をしているビルの存在に気づく。
4階建ての鉄筋コンクリート造や鉄骨のビルがゴロゴロ転がっている。
こんなことが本当に起きるのか?
わが目を疑った。
しかも隣に倒れているのではなく、水の力によってこれほど重い物体が場所を移動していたのだ」
はたして工学で街は救えたのか? 復興はいかにあるべきか?
津波の記憶はどのように語り継ぐべきなのか?
「宮城と岩手の沿岸部を中心に、北は青森、南は千葉まで」各地の被災状況を丹念にたどりつつ、
有名建築家や地元建築家の動向、そして福島の仮設住宅地でのみずからの研究室の取り組みなど
東日本大震災発生から半年間の推移と展望を綴った渾身のルポルタージュ。
著名建築家が設計した文化施設が避難所として機能しているのを見て、
非常時に建築が発揮した力に勇気づけられる場面もあった。
しかし、ビルが横倒しになったらしいという断片的なニュースを聞いて訪れた
宮城県の女川町で言葉を失った。
8割の建物が被災し、カオスというべき無茶苦茶の風景である。
呆然としながら、廃墟になった街を1時間ほど歩くと、
だんだんと異常な壊れ方をしているビルの存在に気づく。
4階建ての鉄筋コンクリート造や鉄骨のビルがゴロゴロ転がっている。
こんなことが本当に起きるのか?
わが目を疑った。
しかも隣に倒れているのではなく、水の力によってこれほど重い物体が場所を移動していたのだ」
はたして工学で街は救えたのか? 復興はいかにあるべきか?
津波の記憶はどのように語り継ぐべきなのか?
「宮城と岩手の沿岸部を中心に、北は青森、南は千葉まで」各地の被災状況を丹念にたどりつつ、
有名建築家や地元建築家の動向、そして福島の仮設住宅地でのみずからの研究室の取り組みなど
東日本大震災発生から半年間の推移と展望を綴った渾身のルポルタージュ。
内容(「BOOK」データベースより)
はたして工学で街は救えたか?復興はいかにあるべきか?建築家はどう介在すべきなのか?震災後半年間の推移と展望をつづった渾身のルポルタージュ。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
五十嵐 太郎
1967年パリ生まれ。1992年、東京大学工学系大学院建築学専攻修士課程修了。博士(工学)。東北大学教授。せんだいスクール・オブ・デザイン教員、慶応大学非常勤講師。建築史・建築批評。第11回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(2008年)日本館展示コミッショナー、あいちトリエンナーレ2013芸術監督(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1967年パリ生まれ。1992年、東京大学工学系大学院建築学専攻修士課程修了。博士(工学)。東北大学教授。せんだいスクール・オブ・デザイン教員、慶応大学非常勤講師。建築史・建築批評。第11回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(2008年)日本館展示コミッショナー、あいちトリエンナーレ2013芸術監督(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)