井上ひさしの遺児となった三人の娘たちへ向けた母親の立場からの記録であって、偶像破壊を目的とした暴露本ではありません。別れた夫=父親の才能を認めながら自分の貢献も評価して娘たちの傷を深くしないように注意深く書かれています。とはいえ、多くの本を引用して書かれた桐原良光『井上ひさし伝』(白水社, 2001)がきれいごとに終始しており、よそゆきの印象なのに対し、本書が井上ひさしの「狂」的な部分や陰の領域、コンプレックスなどに焦点が当たっているのは否めません。それら陰の部分は石川麻矢『激突家族』(中央公論社、1998)などを併読してみても、真実だろうと思われます。「死は自他共に人生の浄化であってほしい」と好子さんは書いていますが、井上ひさしの姿勢を非難することで娘たちを(特に長女の都や次女の綾を)救おうとする本になっています。それと同時に、作家は偉人であるべきだなどとは思わない私には、井上ひさしの一面をよく表した本だと思います。ひさし本人が亡くなっているため、一方的な論難であるとしても。
不思議なことに、ひさしの傑作は好子夫人と激突していた頃に書かれています。好子夫人との離婚後に出来た傑作は『父と暮らせば』です。