88年前の1920年2月21日に、詩人の石垣りんは東京で生まれました。
中学生の時に彼女に出会ってから、それまでの詩の高踏的なイメージが一変してしまいましたが、思いがけず10数年ぶりに再開したのはブックオフで、美しいキラキラ光るこの詩集が、100円で私を待っていたのです。
それまで萩原朔太郎・佐藤春夫・北原白秋・高村光太郎・堀口大学・室生犀星・立原道造・宮沢賢治・中原中也・バレリー・ハイネ・リルケ・ランボー・ゲーテ・ボードレール・ヴェルレーヌなどを小学4年生以来、小説に勝るとも劣らず詩も大好きで読んできました。
もちろん暗誦したり好きな詩をノートに書き写したり、みんながすることと同じです、って言ったら、周りは友達も含めて、あんまりしたことない、というのでびっくりしました。国語の先生の誘いに乗って実行し続けてきたのは私だけだったのか。
ええっと、そういう芸術派ばかりが詩じゃないんだよ、と教えてくれたのが中学の時の体育の先生でした。ある日、休んだ国語の先生の代わりに教壇に立ったのがこの人。えへん実は国語も教えられるんだ私は、といって何と国語の教員免許も持っているんだとのことで、今日は教科書は置いといて、みんな歌の歌詞は知っていてよく歌っているようだが、何か詩を暗誦できる人はいるかな、と呼びかけたのに応えたのはどういうことか私だけでした。
指名されて、私は、あのあまりにも有名な中原中也の『羊の歌』の中の「汚れちまった悲しみに」を、
汚れちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる
汚れちまった悲しみに 今日も風さへ吹きすぎる
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普段おふざけの限りをし尽くしている私が、神妙に浪々と暗誦したものですから、教室は静まり返って異様な雰囲気になりましたが、次の瞬間、先生が、
海にいるのは あれは人魚ではないのです・・・
と「北の海」を暗誦し出して、手で一緒に暗誦するように促したので、
曇った北海の空の下 波はところどころ歯をむいて・・・・
とデュエットのように並んで暗誦しました。
終わった後、ひと呼吸置いて大拍手。私は顔を真っ赤にして卒倒しそうでした。
それはさておき、石垣りんでした。その先生から教えてもらった中に生活派とでもいうのか、彼女がいました。
えっ、ちょっと待って下さい、今たまたま、そういえば石垣りんってお幾つなんだろうと調べたら、4年前の2004年の12月26日に84歳で亡くなったんですって、全然知りませんでした。とてもショックです。
・・・有名な「表札」から、
自分の住むところには
自分で表札を出すにかぎる。
自分の寝泊りする場所に
他人がかけてくれる表札は
いつもろくなことはない。
病院へ入院したら
病院の名札には石垣りん様と
様が付いた。
旅館に泊っても
部屋の外には名前は出ないが
やがて焼場のかまにはいると
とじた扉の上に
石垣りん殿と札が下がるだろう
そのとき私がこばめるか?
様も
殿も
付いてはいけない、
自分の住む所には
自分の手で表札をかけるに限る。
精神の在り場所も
ハタから表札をかけられてはならない
石垣りん
それでよい。
記述日 : 2008年03月22日 20:06:13