著者司馬遼太郎氏のモンゴル訪問は生涯に二度。本著はそのうち、今はひと昔三十二年前に遡る一九七三年の最初の訪蒙紀行です。その時から今日に至る途上、モンゴルは社会主義から市場経済導入へ、という大転換を経験しました。ロシアと中国が外交上の最重要二ヵ国であることが不変とはいえ、昨今の歴代米大統領の初訪蒙、三万人とも言われる在韓の留学・出稼ぎ蒙人に象徴されるように、モンゴルを取り巻く諸環境は大きく変化しています。貧富の差も拡大し、在蒙の小生からみて残念ながら、とくに全人口の三分の一が集中して都市化した首都ウランバートルでは、当時は無かったと書かれる「泥棒」も横行、物質文明の大波は確実にモンゴルの“良き”伝統に襲いかかっています。一方「家庭への客人の接待」「素朴でおおらかな性格」「人の顔を忘れない天性」「薫る大地と匂う草原」「満天の星と長大な天の川」「故郷を詠った詩」「学問への積極性」は今日も健在です。人為に侵されない“守られた”広大な自然と、血統に染み込んだ自尊の遊牧文化に根ざす、モンゴル人固有の貴重な生活文化遺産を本書は映し出しています。彼らが中国人を嫌う国民感情についても、農耕と遊牧の文化的差異にも注目しながら、漢・蒙両民族が相容れなかった歴史を紐解きながら解説されています。