台湾2300万人はモザイク社会。
98%の漢民族と2%原住民、または85%の本省人(400年前に大陸から渡来し、日本統治時代を体験した)と、15%の外省人(50年前に大陸から蒋介石とともに渡来したグループ)、もしくは客家人、福建人などのグループなどでも細分化される。相互の混血も進んでいる。
つまり軸足の置き方ひとつで風景は変化するのだが、司馬氏は、かつてこの島を統治した日本人として最低限、知っておくべき視点を(本書の登場までそれがあまりにもないがしろにされていただけに)計算ずくで、ドラマチックに紹介したのだろう。
それは、「現実の政治には立ち入らない」という「街道を行く」シリーズでの自戒を破り、日中文化交流協会代表理事の身でありながら、李登輝総統(当事)と堂々と対談し、それをあえて巻末に掲載したことや、「北京の要人に読ませるつもりで書いた」との関連発言、古くは「長安から北京へ」の中で、中国のイデオロギー第一の教育に「アホかいな」とかみついた伏線などからもうかがえる。
初出は週刊朝日の連載なのだが、当時は北京に気兼ねする朝日新聞が、台北に支局を置いていなかったため、氏の古巣の産経新聞の人脈を前面に出すなど万事が異例づくめ。
後に「この本を書くために生まれてきた」とまで語っていることから、代表作「竜馬がゆく」で、大政奉還を「竜馬と徳川慶喜の合作」としたように、台湾の存立で、自らと李登輝の対談を重ねた、と見るのは、うがちすぎだろうか。
行間には「近代東アジアの歴史へのかなしみ」ともいうべき視点が潜んでいるため、本書以後の台湾ブームで生じた「台湾はマル、大陸はペケ」といわんばかりの、関連書籍のような軽薄さはまったく感じられない。
「土地と日本人」や、最末期の「風塵抄」などとともに、司馬氏が「作家」や「評論家」の仮面を捨てて、「新聞記者」もしくは「国士」の素顔を見せた希少な著書である。