京阪神エルマガジンは雑誌創刊号から購入していましたし、本書の元になった『ミーツ・リジョーナル』は、プレイガイド・ジャーナルが廃刊された後、関西の文化や状況を知る上で無くてはならない雑誌だと評価しています。
筆者の江弘毅氏は、その『ミーツ・リジョーナル』の編集長を12年務め、関西の文化、特に岸和田生まれですから、大阪について自分の捉え方を持っている書き手の一人です。神戸大学を出て、三宮を生活圏にしているようですし、泉州という独特の祭文化に育った筆者が純粋の大阪人かどうかは評価が難しいですが、彼が見た大阪、そして独特の街場という考えを貫いた書でありました。
いきなり、ソース二度づけお断りの串カツ店での情景が書かれています。ジャンジャン横丁の「だるま」というディープな有名店で「ヨソの人」が浮くのは当然でしょう。子供のころから露店で、ソースたっぷりの串カツを食べている者にとっては当たり前の光景で、それが大阪の街場かどうか分かりませんが、京都人のいけず同様の視線が伝わってきます。そのあたりは著者も分かっているようでしたが。「ソース二度づけお断り」は大阪の思想のようなものと書かれていますが、思想ほど深いものではなく、そこで生まれ育った者の常識や生活習慣として捉えていますので。
59ページには京都を「巨大な町内会のような地方性の固まりみたいな街」という評価は正しいです。だから「ヨソさん」を排除するのですが。それは筆者が非大阪的なるものに対する嫌悪感と同様でしょう。
全てを読んで、筆者のとらえる大阪に対する反発があるのは、ある意味正解だからこその拒絶かもしれません。もう少し歴史や伝統、文化に目を向ける大阪論ならもっと共感できたかもしれません。