行動経済学では、合理的経済人の仮定に立脚する伝統的経済学の枠組みを離れ、人間の合理性の限界から生じる、最適性基準から外れた経済行動にとりわけ関心が向けられる。また、行動経済学の別名ともいえる「経済心理学」が示唆するように、心理学の方法論が積極的に取り入れられている。これら二つの点から、行動経済学の解説書においては、伝統的経済学の記述的側面についての弱点がことさらに強調される傾向にある。本書もその点は基本的に同様であるが、経済学の発展過程の中に行動経済学を位置づける試みがなされており、類書とは差別化が図られている。
本書で気になるのは、説明が不親切と感じられる箇所がしばしばあること。例えば、ベイズの定理については公式が示されるだけで、式の意味するところの順を追った解説はなく、ベイズの定理で上手く説明できる例も紹介されていない。そのうえで、ベイズの定理より導かれる結果からの乖離が取り上げられている。基準となる定理の吟味もなしにそれからの逸脱のみを例示することにどのような意味があるのか疑問に思う。もう一つ例を挙げると、期待効用理論の規範的合理性と記述的合理性を論じているところ(初版:p.218)も説明不足と思う(誤植として済ますにしてもやや飛躍がある)。
とはいえ、類書では得られない情報や掘り下げ方、最新の研究成果の紹介などは興味深い。事例の羅列を避けて体系化を意識して書かれていることにも好感が持てる。ある程度の経済学の知識を前提とした上での細かな話題もあり、経済学を一通り学んだ人向けといえる。