もう10年以上前になりますが、この本を読んだときの衝撃は今でも思い出せます。良い本と出会ったときの感動は一生の宝と言えましょう。
出だしは平易です。線形代数は基本的に四則演算ですから、式を追えば、何とか理解できます。しかし、どうでしょう。読み進むにつれ、(他の本にはない)新しい知識が増えているのを感じます。そして、一通り読み終わった後には、「行列の関数というものが実在し、そして本当に応用可能である」と実感するに至りました。少しずつ登っていたつもりでしたが、自然と見晴らしの良いところに導かれ、そこに立てた自分がうれしかったのを覚えています。
"実在"と言ったのは、単に記号として表わせるということではなく、最終的には数値として計算しえるという意味です。実際のところ、当時、行列を開平する必要に迫られ、どう計算すればよいのか、いろいろな本を探していたのです。当時は、行列の関数というものは自分が知らないだけで、本を見ればどこかに載っているのだろうと甘く見ていました。しかし、なかなか書いてある本は見つかりません。もし、この本に出会えていなければ、おそらくは今でもわかっていなかったことでしょう。そのとき見つけられたのは何かの導きかもしれません。そして、それを基に最終的にはプログラムまで作成し、そのときの仕事も無事完遂することができました。
この計算で重要だったのは、第一に、本文中でも強調されているように、固有ベクトルを計算することなく、関数値を求められるということ(計算量がずいぶんと減ります)。第二は、平方根の任意性がどの程度であるかといったことをあらかじめ理解できていること、また求めたものが正解であると確信できたことです(行列の関数が唯一に定まる)。つまり、単に載っている式を適用したというのではなく、その式の意味するところを把握してから、使えたということです。
このように、行列の関数というものをまがいなりにも使いこなせたのは、ひとえに、この本が初学者にとって優しいということではないかと思っています。言うなれば、「地に足が着いている」という感じでしょうか。L-S多項式、基幹行列など、他の和書にはそう書かれていない事柄を説明していながらも、丁寧な説明と簡潔で十分な証明で一歩一歩積み上げていく姿勢は、私のように数学を専門にしていない者にとっては特にと思いますが、ありがたい存在です。また例題で必ず確認してから次の階段を登るという進め方も理解を深めるのに、大変役に立っていると思います。
連立差分方程式や連立微分方程式の解法は、線形代数あるいは行列の関数にとって、1つの到達点と言えるかと思います。それは応用という観点から見ればなおさらです。実際に解けるということ、例えばフィボナッチ数列の一般項を求められることなど、それ自体も非常におもしろいと思いますが、その解を陽に表わせるということで、見通しの良い式になりますし、また身近に感じます。そういった意味で、固有ベクトルを求めることなく、行列のベキや指数関数を計算できるということは理論計算においても応用計算においても、非常にインパクトが大きいと思います。線形代数を習い始める前、あるいは習っている途中ででも、そういったことがわかれば、もっと行列のことを知りたくなることは必至です。そういう意味では、群論と行列の関数は到達目標として、双璧をなしているといっても過言ではないと思います。
また、「与えられた行列と可換な行列」というのも、読後のスッキリ感を大きく演出してくれました。多くの人にとって、行列というものが普通ではないと最初に認識するのは、おそらく、この非可換性にあると思います。必ずしも可換でないとすれば、いったいどういった条件ならば、交換可能なのだろうか。誰もが習い始めたとき、疑問に思うはずです。それがこの本に、見事に解かれているではありませんか。長年のモヤモヤが氷解できたのは、なんとも爽快でした。