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目的があり、先に幸福がある、いわゆる「自分との戦い」に比べたら、どれだけ辛くて厳しい戦いか。
しかもこの戦いはどれだけ頑張ったとしても誰も応援してくれない、理解すらもしてくれない。
先に幸福を求める事はできず、ただ一人で苦しむ事しかできない。
これを読んだ人の多くは、その内容に共感すると思います。
と言うのも、誰でも一郎のように目に見えない物を怯えるような時期があると思うからです。
しかし大抵の人はそんな風に悩むのも一時期に過ぎないのでしょう。自分なりの答えを見つけるか、あるいは単純にそんな悩みを忘れてしまうから。
兄さんは、「起きると、ただ起きていられないから歩く。歩くと、ただ歩いていられないから駆ける。駆けるとただ駆けてはいられない。刻一刻と速度を上げていかなければならない。その究極を想像すると怖ろしい。怖くて怖くてたまらない。」と言います。これは、兄さんの弁ですが、そのまま漱石の弁でもあったと思います。何もかもが転がる玉の如く加速度的に変化する世界で、どうしても一つ所に留まることを許されない、人間の苦悩がありのままに書きつづられたすごい作品だと思います。
最後まで読みきったとき、タイトルの「行人」という言葉が胸にしみてくる、相当重みのある小説です。
前期三部作に描かれた近代知識人の苦悩(自然と倫理or情念と理知、実務家のプラクティカルな能力とインテリの無為、無能力etc.)に関する問題がさらに推し進められて、より漱石自身の苦悩(人(と人と)の心の有り様や、信義や誠実の可能性、宗教観など、多分に(今の我々からすると)哲学的な問いかけ)が直接的に投影されている。
胃潰瘍の再発により、長期に亘る連載の中断をはさんだため、中断前と再開後の内容において、破綻とも言われかねない構成上の転換(語り手の変化)や、主人公(一郎)の心境の著しい変化などが見られるが、「彼岸過迄」を経た読者には、それほど気にはならない。
表見的には、「こころ」よりわかりづらく、とっつきにくいが、「こころ」を理解するためには、読んでおかなければいけない作品。
文章技術的には、相変わらず登場人物の心理が克明微細な筆致で描かれ、異常な迫力をもって呈示されるため、事件らしい事件も起こらず、プロットも極めてシンプルであるにもかかわらず、現代の読者の興味をも失わせない。傑作。
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