もはや「石を投げればサンデー系に当たる」と言っても過言でないほど日本競馬に血統革命を引き起こしたサンデーサイレンス。
今年(2011年)の日本ダービーは、出走18頭すべてが「サンデーの孫」だった。あるものはサンデー直系、またあるものは母の父サンデー。
著者は10年以上も前に既にこのような未来を予見していた。それがかの馬事文化賞受賞作『競馬の血統学 サラブレッドの進化と限界』である。
本作は、その10年間に現実のものとなった「血の飽和」を丹念に辿って行く。
確かに、社台グループとサンデー系の寡占状態となっている現実は、競馬を、ひいては馬事文化そのものを薄っぺらくしてしまっているだろう。
しかし、著者はそれを単純に批判的にとらえているのではない。
社台がどれだけ努力と自己研鑚を怠らなかったか、「社台に追いつき追い越せ」の末に破綻した早田牧場の例を引き合いに出して、
冷静に分析している。
また、シャトルスタリオンとして活躍したフジキセキや、サンデー系の中では「異端」ともいうべきステイゴールドの活躍ぶりにも紙幅を割いて、
サンデー系にもさまざまなタイプがあるということ、その違いに気づかなければ素質馬をダメにしてしまう可能性にも触れている。
そして、終章では、
「世界にもっとサンデーを」
と題して、サンデー系がもっと海外に活躍の場を求めて行くべきだとしている。
今年のドバイワールドカップを勝ったヴィクトワールピサなど、もし凱旋門賞に出走して好勝負していたなら、海外からの種牡馬としてのオファーは
かなりのものがあっただろう。いや、既にそんな話はあるのかもしれない。
だとすれば、ヴィクトワールピサは堂々と世界に進出すればよい。
あのノーザンダンサーを出したウインドフィールズファームすら、「血のジレンマ」に悩まされて、没落していったのである。
私たち日本人はこれほどの名種牡馬の血を、サンデー系同士の「血の食い合い」によって先細りにしてはならない。
「あとがき」から引用する。
<血のジレンマに悩み始めたサンデーサイレンスの憂鬱。
サンデーサイレンスがもたらした格差社会に苦しむ生産者の憂鬱。
社台グループとサンデーサイレンスの寡占競馬に戸惑う著者の憂鬱。
本書のサブタイトルにはこの三つの意味が込められている>
現在の日本競馬に携わる方々、そして「血統の話はちょっと…」というファンの方にも、ぜひお薦めしたい。
できれば前掲の『競馬の血統学』を先に読まれると、本書の内容がよりしっかり伝わってくると思う。