舞台は桜宮病院。バチスタ・スキャンダルが起きた東城大学病院と深いつながりがある。最先端医療は東城、終末期医療は桜宮。だが、ある時から東城が態度を変えたことから、今回の事件は起こる。
ストーリー展開は、この著者には珍しくシリアスである。また、医者ならではの現在の医療の問題点を鋭く突いた箇所がいくつか見られる。それが海堂の持つ問題意識であり、心からの叫びなのであろう。私たちは、その言葉に耳を傾けねばならない。…と思ったら、途中から、白鳥の部下、姫宮が初登場する。白鳥自身も、なぜか皮膚科医役で出てくる。何のことはない、いつもの海堂ワールドの始まりだ。まあ、ファンとしてはそれを望んでいたのではあるが。
しかし、それでもこの作品はこれまでとは異なり、メッセージ性が強くなっている。読者は、この作品を通して、終末期医療のありかたについて考えざるをえないだろう。ただ生きることか、その質を重視するかがこの作品の中でも問われている。生の質を重視する考え方からすれば、この小説で行われる不正は決して間違ってはいないのだ。体中チューブだらけになって生き続けるか、人間らしい死を選ぶか。どちらを選ぶかは、患者とその家族にゆだねられるべきではないのか。
事件の真相が明らかになった後でも、桜宮病院のシステムが間違っているとはどうしても思えない。この本では、医療行政が終末期患者を切り捨てる方針をとったために、今回の事件が起こる。それだけに、なおさら桜宮病院の姿勢を非難することができないのである。
医学の抱える闇は、私たち素人が考えるより、はるかに広く、深い。