武田泰淳は,中国で日本の滅亡を見つめた作家である。
日本の敗戦については,どこか冷めた視線があり,表題作のひとつ「蝮のすえ」の主人公である「私」は
「戦争で負けようが,国がなくなろうが,生きていけることはたしかだな」との心境で,これは,ある意味ポジティブ,
その実,本人は無感覚となり,上海で代書業を続ける。
「私」がしたいことは,ただ,酒が飲みたい,脂っこいものが食べたい,というだけであったが,周りの人間からみると
何か突き抜けた感が漂う「私」を慕い,妙な信頼を得て,代書業務以外にもいろいろな相談が持ちかけられる。
そこに人妻である「彼女」が現れ,「私」の無感覚の方向性に変化が生じる。
敗戦直後の上海における日本人の生活が描かれる本作品は,武田泰淳の短編の中でもとくに好きな一篇である。
もうひとつの表題作「『愛』のかたち」においては,この上海から日本へ帰ってきた主人公光雄と肉体的秘密をかかえる人妻町子,
その夫野口,上海時代の町子の愛人Mらを中心に「愛」についての物語が展開する。
特に小説内小説のパートにおけるユーモアが効いていて,よけいに作品全体におけるもの悲しさのようなものが強調される。
こちらも傑作である。