風景描写が素晴らしい。精緻な文章とはこうゆう文章を言うのだと思えた。
純粋な文章の表現力に驚くことは少いが、GWに実家で父親の本棚にあったこの作品に驚いた。ファンが多いのは知っていたが、藤沢周平が優れた作家であると遅ればせながら知った。
主人公は江戸時代、北国のとある藩の下級武士の子である。当時の武士の子弟は儒学や剣術に励み、将来の官吏としての修行に励む。幼少から主人公は剣に抜群の才能をみせる。
藩の権力争いによる父親の横死などの困難に耐えながらも友情や剣術に励む姿が描かれる。その話の展開は無駄が無く、無理が無い。
奇抜な展開で構成された小説と対極に位置するような、丁寧な描写と無理の無い展開による構成は同時に強い説得力とリアリティを持つ。
主人公は平凡な半生を送るのではない。しかし、抜群の剣の腕前を持ちながらも、やはり主人公は普通の人間であり、藩という組織の内部抗争に翻弄される下級武士である。剣は主人公を助けるが、主人公を超人にはしない。
主人公は良い結末を迎えるが、読後に残るのはやはり切なさである。不幸な結末となった人々や藩という組織の非常さ、抗いようもない下級武士の悲哀、過ぎ行く少年期、それらに対する緻密な描写が主人公の活躍があっても心躍る物語ではなく、切ない物語にしている。
印象的な場面が多々ある。
冒頭の自然描写。
物静かな父が大声を上げて進言し、その確固たる良心に日頃の尊敬の念を深めた場面。
主人公が死罪となった父に思いを伝えられなかったことを悔やむ場面。
刑死した父の遺体を荷車に載せて牽く主人公の描写。
先輩の官吏に従って野山に分け入って農村を巡り、稲の作柄を相談する場面。
上げればきりがないが、精緻な文章がそれぞれの名場面を表現しており、それらが無理のない展開で連なっている。
それぞれの名場面の描写はおそらく、作者が相当の労力を掛けて書き上げた労作と思われる。そう思えるほど良く練られており、緻密である。