現実なのか小説なのかすごく曖昧な世界なのに、
読んでいるうちにその世界に潜り込んでしまう。
読ませる一冊
処女小説「コンセント」での性描写をルーマニア人にも
アメリカ人にも「過激」と読まれ、
「倫理を無視したほど過激な性を描いて女性解放を
標榜しているフェミニスト」と思われてしまった作者は、
「性の解放という視点で文章を書いたことは生まれてこの方
一度もなく、そういう発想すらもっていなかった」
ということに気がついた。
「自分が描きたかったのはセックスではない。
精神のほうだった。」それでは、なぜセックスを描いたのだ、と
いう質問の答えを、導き出す過程が面白い。
この答えは、人がなんでセックスをするのかというものの
答えなんじゃないか? と思う。
性欲でもなくて、種の保存でもなくて、
もっと切ないもののためにしている行為
であることを、
無自覚の意識の海に深く潜り込んでその言葉を掴み取ってくる作者に
愕然とするほどの凄さを感じる。
その言葉はここに書くのはもったいないので
書かないけど。
蛇を扱った短編「蛇と月と蛙」の中では、もっと短く、
端的に言い表されている。