読み終えた方なら、そこまでのこの物語の行程と、その幕引きの見事さに、自分自身がとてつもない物語を享受したという深く静かなどよめきに、しばらくは、言葉さえ失くし、・・・ あるいは、立ち竦んでしまったかのように身動きも取れない。・・・ このような感想がそれほど大仰なものでもないことを理解していただけると思うのですが、かといって、塔晶夫(中井英夫)のこの作品は、誰彼なしに、「読んでごらん。面白いから。」と、気軽に薦められるものでもないような気もします。・・・ 読むべき者なら、いつか、この作品に辿り着く。そういう作品であるように思います。違うでしょうか。ならば、「黒天鵞絨のカーテンは、ゆるやかに波をうって、少しずつ左右へ開きはじめた。それまで、あてどもない仄白さで漂っていた照明は、みるまに強く絞られてゆき、舞台の上にくっきりした円光を作ると、その白い輪の中に、とし若い踊り子がひとり、妖精めいて浮かび上がった。・・・ 」 格調高く、そして、思いっきり気障に始まるこの物語です。せめて、この本の、この装丁と、この質感で、この物語に触れて欲しい。そんな風に思ったりもするのです。