この『虐げられた人びと』は、『死の家の記録』を除くと<転向>前のドストエフスキーの最後の作品である。<転向>後の一連の大作群とは違い、人物描写や風景描写の比重が高く、観念の叙述が少ない。というわけで、一般のドストエフスキーの印象とは異なる雰囲気の作品だが、人物の描き方にはドストエフスキーらしさが十分に表れている。
相次ぐ改革によって本格的にブルジョア社会へと移行していくロシア・ペテルブルグを舞台に、虐げる者と虐げられる者の隔絶を描く本作。虐げる者の圧倒的な社会的勝利にも関わらず、強く優しく愛情の中で生きようとする虐げられた人びとの暖かな姿でもって物語は幕となるが、単なる虐げる者対虐げられる者の単純な二項対立では終わっていない。そこには人間のエゴイズムに対する鋭い洞察があり、虐げられた者たちすら傷付け合ってしまうという複雑な様相を描いている。
技巧的にも優れ、話の筋も面白い。当時のロシア読書界に好評を以って迎えられたのも頷ける。文豪の隠れた名作。