本書は、【藪の中】【羅生門】【鼻】【芋粥】の4編を収録。
いずれも「今昔物語」「宇治拾遺物語」といった古典を題材にした作品群。
ここでは、初読である【藪の中】について、レビューを綴ります。
【藪の中】
中世の京都・山科の裏山で、若い男が刃物で刺されて死亡しているのが発見された。
物語は、7人の証言が掲載されるという構成で、小説としては比較的珍しい「二人称」で語られる。
この7人の証言のうち、5人目からの3人(順に、容疑者1、2、3と称する)が、自分が手を下したことを告白し、どれが真相なのか分からないまま物語は終了する…。
謎めいた内容に惹かれ、2回も読み直してしまいました。
そこで、気になったのが、各証言が誰に対するものなのか、という点。
証言の4人目までは、「検非違使に問われたる……」とあることから、検非違使(捜査官)に対するものであることは明らかです。
また、容疑者1は、それまでの証言から検非違使に逮捕されたことが明確なので、捜査官に対する証言でしょう。
問題は、容疑者2が「清水寺に来たれる……」、容疑者3が「巫女の口を借りたる……」となっていることで、捜査官に対するものとはどこにも書いていないということ。
もしかすると、小説の世界内では、容疑者1の証言には合理性があるとして犯人であると結論づけ、事件は解決したことになっている−−事件は、「藪の中」ではないのかもしれない…。
著者はこのように読者に語りかけているのかもしれません。
「事件を容疑者1の眼からだけ見ると、彼が犯人であるのは明確なように見える。でも、容疑者2や3の眼で見ると、全く違った内容になってしまう。と言っても、3人とも嘘をついているという意識はないのです」と。
「人の心の不可解さ」−−それが、この作品で描きたかったことなのかも。
その視点で見ると、本書収録の他の3編もうまく読み解けるような気がしているのですが…。