私が藤田嗣治について知っていたのは、フランスで最も有名な日本人画家であり最後はフランスに帰化したこと、数点の作品を目にする機会があったこと、そしてその独特の風貌くらいであった。当然、日本での評価も高いものだと思っていた。
しかし、それは間違いであった。
藤田は、国威高揚のためとして戦争画を描いていた戦中の一時期を除いて、日本では殆ど評価されていなかった。戦後フランスに帰化したのも結局は戦争画を描いたことが原因であり、本人が望んだことではなかった。彼に対する批判は、奇矯なものも含め彼のとった様々な行動に関するのものが殆どであった。作品中に引用されている当時の文章からもそれが伺える。誹謗中傷に近い内容も多い。
藤田はそれらの批判に対して公には反論をしないまま亡くなってしまった。フランスに帰化したのも反論ではなく「日本に捨てられた」と言っているのである。
著者はこの作品を、藤田の死後彼の作品の貸出すことも許可せず外部に頑なな態度を取り続けていた妻の協力、彼女の協力によって見ることが出来た資料、そして藤田が自ら添削したある美術評論家が書いた伝記原稿を基にして、今まで知られていなかった藤田の姿を描き出そうとしている。
この作品に不満があるとすれば二点。取材が藤田の側に立つ人物に偏っていること、藤田の姿を伝えるのに妻の証言に頼りすぎていて、「評」伝であるにも拘らず著者により形づくられた藤田嗣治の姿が見えてこないことである。
しかし、等身大の藤田の実像に迫る力作であることは間違いない。