藤村詩集は青春の甘酸っぱさを多分に含んだ情緒豊かな詩集であると言えよう。俗な社会生活に疲れた時や、何故か青春を懐かしく思い出したい時などにはよき導き手になるものと思う。遥か昔高校一年の時に現代国語で学んだ「千曲川旅情の歌」は授業時の印象とは別に、時間の経過と共に故郷を思い出すように懐かしが強まった。大学を卒業する時は、若菜集の「初恋」を朗読しながら、社会へ巣立つ前の不安を感じたものである。萩原朔太郎は与謝蕪村を「郷愁の詩人」と呼んだが、島崎藤村にもその傾向があるように思えてならない。何故なら、その郷愁性の由来が異なるにしても、読後に残る「懐かしさ」は同じ郷愁性であるように思えるから。ここで、詩をひとつ引用してみよう。
白壁
たれかしるらん花ちかき
高楼われはのぼりゆき
みだれて熱きくるしみを
うつしいでけり白壁に
唾にしるせし文字なれば
ひとしれずこそ乾きけれ
あゝあゝ白き白壁に
わがうれひありなみだあり