このシリーズにはこれまで単行本に未収録だった短編もいくつか収録されており,昔からのファンには喜ばしい。装丁は美しく,また巻末に発出一覧が掲載されたことで資料的価値は高い。
ただし近年再編集や文庫化,復刻等で出版される藤子・F作品においては,それが大人向けでもいわゆる差別表現が除かれており,このシリーズもその意味でオリジナルバージョンではない。例えば 第2巻に収録された「ノスタル爺」は,地域社会の偏狭を背景にすべてを失った男の幻想と狂気を描いた,切なく美しい物語である。差別表現があってこそ哀しみに奥行きがあり,近年の「政治的に正しい書き換え」は大変惜しい。
出版界は,ある作品の時代背景や作者の意図が損なわれることには,何より敏感であるべきだ。仮に,故人である作者が関与しない改変なら論外だし,そうでなくとも発行者または編集者が冒頭ないし巻末で説明する必要があるのではないか。
らい(ハンセン)病に対する誤解が解けても,中世ヨーロッパのユダヤ人観に現代人が不快を感じても,コナン・ドイル「白い蝋面」やシェークスピア「ベニスの商人」を,注釈や断りなしに書き換える出版社などない。小学館は,優れた文芸作品の歴史的意義についてよく考えて欲しい。