本書は、1889年から買い上げて保存してきた東京芸術大学の学生の卒業制作「自画像」について取り上げた異色の美術解説書です。今日までに残された「自画像」は4800点を越え、そこには日本を代表する画家の若き日の姿が描かれています。
実は、昨年夏、 東京藝術大学美術館の陳列館で開催されていた「自画像の証言」という展覧会を偶然目にして鑑賞したことから、本書にも関心を持った次第です。まさしくこれらの作品の実物と対面したことになります。
32頁にわたる口絵では、カラーでその自画像が掲載されています。黒田清輝に始まり、その指導の元で描かれた北蓮蔵、白瀧幾之助や、和田三造、青木繁、熊谷守一、児島虎次郎、藤田嗣治、萬鉄五郎、小出楢重、里見勝蔵、佐伯祐三、岡鹿之助、荻須高徳、さらに最近では、千住博、松井冬子、村上隆など、日本美術史の流れを俯瞰できるような素晴らしい画家ばかりでした。
本書の本文では、それらの画家の生涯を追いながら、基本的には若き日の画家の姿を紹介するような姿勢で書かれています。
筆者の河邑厚徳氏は、NHKのディレクターであり、テレビ番組作成で得た情報を活字にしたものです。美術史家の手によるものではありませんが、実に丹念に在りし日の画家の姿に迫っており、有名画家の知られざる日々を、自画像を通して知ることができました。
藤田嗣治に関しては、7頁割かれており、沢山の作品を鑑賞した者として興味深く読みました。
また無名画家である伊東哲の項では、柳原百蓮も併せて取り上げています。伊東哲は、この数奇な運命を辿った美人歌人を描いたことにより、酷評された画家でした。最後には顕微鏡で見た生物の細胞を描き続けたようで、それもまた人生なのでしょうね。