故高田好胤管長の肉声が伝わってくるような思いがいたしました。仏教は、読めない漢字だらけであったり、お坊さんの衣裳などから日常の自分達の生活と別次元のもののように感じていた時期がありましたが、ここに書かれている言葉を通して、なんと大切なものを忘れたままでいたことか、と恥じ入るような思いがいたしました。いつのまにか、食事の時に手を合わせて「いただきます」「ごちそうさま」といったありがたい習慣を失っていた自分、行儀、親孝行、先祖を敬うといった人としての最も基本的なことを疎かにしていた自分に、おーい、と呼びかけて忘れ物を届けていただいたような感激をいたしました。