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40 人中、35人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
真理に対する不健全な情熱,
By 柴犬太郎 (大阪市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 薔薇の名前〈上〉 (単行本)
本作品の舞台は中世イタリア。欧州最大規模の蔵書を誇る辺境の修道院。宗教会議の会場となるその修道院で修道士が変死体で発見される。修道院院長は元異端審問官のウィリアムにその調査を依頼、ウィリアムが弟子のアドソを連れてこの修道院に姿を現すところから話は始まる。 第2、第3の事件が起こり、修道院は混乱。開催された宗教会議も決裂となるなか、ウィリアムは調査をすすめ真相に迫る・・。というのが大筋。 迷信渦巻く中世において、理性的に科学に基づいて捜査をすすめるウィリアムの知性と師に質問を重ねる弟子アドソの姿が印象的。 ミステリーや歴史ものというよりも、私は著者のエーコが現代社会に対する警句を発している評論のような印象を受けた。 作品のなかでは信仰や学問をテーマに印象的な師弟間のやりとりが交わされる。 「唯一の過ちを考え出すのではなく、たくさんの過ちを想像するのだよ。どの過ちの奴隷にもならないために」 「純粋というものはいつでもわたしに恐怖を覚えさせる」 「純粋さのなかでも何が、とりわけ、あなたに恐怖を抱かせるのですか?」 「性急な点だ」 「恐れたほうがよいぞ、アドソよ、預言者たちや真実のために死のうとする者たちを。なぜなら彼らこそは、往々にして、多くの人びとを自分たちの死の道連れにし、ときには自分たちよりも先に死なせ、場合によっては自分たちの身代わりにして、破滅へ至らしめるからだ。」 「真理に対する不健全な情熱からわたしたちを自由にさせる方法を学ぶこと、それこそが唯一の真理だからだ。」 ウィリアムのこれらのセリフこそエーコのメッセージそのものであると思える。 思いが純粋で、切実であるほどに、生じる「性急さ」や「不寛容さ」こそ、エーコ(=ウィリアム)が警告する「不健全な情熱」であり、この事件の真犯人であると思えた。 善意や正義の持つ両面性、自由に生き、考えることの難しさについて深く考えさせられる作品です。
10 人中、9人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
上・下巻を楽しみながら読めました,
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レビュー対象商品: 薔薇の名前〈上〉 (単行本)
1990年初版のロングセラーである本書ですが、気になる点が一つ。相前後して上下巻を購入したのに、 上巻には【38版】、下巻には【30版】との奥付が。 8版の差が何部なのかは分かりませんが、 上巻だけで読むのを断念した方の数字が含まれていることは間違いなさそう。 だとすれば残念な話で、できれば上下巻読破してもらいたいもの。 そんなことを念頭に、本レビューを綴りました。 【やはり事前準備は必要なのでは…】 1327年にイタリアにある僧院で起きた、 奇怪な連続殺人事件の謎を巡る本書ですが、 小説の記述には、注釈はなく、 当時の政治的・宗教的な背景をある程度知っていることが 前提に書かれているように思えます。 ネット検索でも結構ですので、 軽く下調べをしてから読むことをオススメします (もちろん紙ベースの資料を当たっていただいても結構です)。 ちなみに、本書の文体そのものはそれほど難解ではないと思いました。 学術論文ではなく、あくまで「小説」として書かれていますから。 【映画を観てから読むのも一興】 本作品は映画化され、1987年に日本公開されています。 原作が翻訳されていなかった当時、私は劇場に足を運びました。 私は映画を観たうえで、小説を読んだわけですが、 映画で物語の結末を知っていても、 原作小説の面白さが損なわれるということはなかったと思います。 むしろ私は、犯人や犯行の手口は記憶していても、 肝心の「動機」を忘れてしまっていたため、 原作小説でその深い意味合いを読むことができて良かったと思います。 この「動機」、宗教的な理由に基づくものなのですが、 映像ではうまく伝わりにくかったのでは。 −−というのは、自分の記憶力の悪さを棚に上げた意見かもしれませんが。 (下巻に続く)
4 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
ミステリー読破を目指す者にとっては百名山の如く、踏破せずには死ねない一冊,
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レビュー対象商品: 薔薇の名前〈上〉 (単行本)
オリジナルは1980年リリース。邦訳はかなり遅くて1990年1月25日リリース。ミステリーの世界で孤高の存在である本作は、ミステリー読破を目指す者にとっては百名山の如く、踏破せずには死ねない一冊とされ、読了後、その思いはますます深まった。作者ウンベルト・エーコは、イタリアの記号論哲学者、小説家、中世研究者として有名だが、もういくつか加えて説明しておくと、エーコの卒業論文は『聖トマスの美的問題』であって、この作品の時代である1327年というのは彼の最も専門とするところである。そしてもう一つ、『三人の記号 デュパン、ホームズ、パース』という本をトマス・シービオクと共著していて生粋のシャーロキアンでもある。何と言っても圧巻なのはその構造だと思う。生粋のシャーロキアンらしく、主人公に『バスカヴィル』のウイリアムとその弟子(助手)アドソを配しているが、誰しも連想するのはシャーロック・ホームズとワトソン博士だろう。そして長老には、『幻獣辞典』等で有名なホルヘ・ルイス・ボルヘスから取ったと思える盲目の師ブルゴスのホルヘを設定している。また、実在の人物である有名な異端審問官ベルナール・ギー(ドミニコ会士)やフランシスコ会士カサーレのウベルティーノを登場させてくる。原書はラテン語・ギリシア語・中高ドイツ語の原語のセンテンスやフレーズがその原語の表記のまま使われていて、その上に中世キリスト教の在様が重畳的に組み合わされる。正に知の迷宮とも言えそうなストーリーである。 ストーリーについては未読の方のために触れないが、強く感じるのはウンベルト・エーコの『本』に対する愛情だ。中世修道院のスクリプトリウムの文書館3階の構造などは正にエーコの想像した『本の宇宙』のようですらある。その本の宇宙を彷徨うウイリアムとアドソはまるでその宇宙を彷徨うのを楽しんでいるかのような感じすらする。『キリストの清貧』や『キリストにおける笑い』そして『薔薇の名前』の意味における謎など、仕掛けられた知の迷宮の素晴らしさに『恐るべしウンベルト・エーコ!』と唸ってしまう。やはり読まねば死ねない一冊である。
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