本書のタイトルに用いられている「蕩尽」とは「財産などを使い尽くすこと」(三省堂大辞林)といった意味である。著者の本郷恵子氏は、東京大学史料編纂所の教授で、日本中世史を研究されているのだが、種々の中世文書を読み込んだ上で、ユニークな角度から日本の「中世」を剖析する。先ず、日本の「中世という時代区分」の始まりについて、「その指標とされるのは、院政の開始と荘園公領制の成立」(p.28)に求められるようだ。そして、この二つのモメントによって「蕩尽する中世」が生み出された、とする。とりわけ、「院の権力は、諸国の富を集め、蕩尽する装置として機能」し、「蕩尽という出口を見出したことによって、富の流通量は飛躍的に増大し、社会全体が新しい時代に向かって規模を拡大していった」(同前)のである。
この「中世」という言葉で、一般的に思い浮かぶのが「源平の合戦」などであろうか。2012年のNHK大河ドラマは、平氏を全盛に導いた「平清盛」を主人公としているが、視聴率自体はあまり芳しくないみたいだ。その「平氏の(歴史的な)役割」に関して、著者は「過剰と蕩尽のいきつくところである戦争を担うこと」「全国の富の流れを管理・運営すること」(p.92)だったと総括し、「本格的な武家政権である鎌倉幕府の先行形態」といった一面的な見方を排している。また、大河ドラマにも登場している後白河天皇を背後から支えた近臣、藤原信西にも一定の評価を下し、信西の「全国の富を効率的に編成し、物流を確保する手法は、平清盛に継承された」(p.91)としている。こうした視点で、平氏の盛衰などを通観するのも面白いだろう。
実際、著者は「11世紀半ばから12世紀末、すなわち院政の開始から鎌倉幕府の成立にいたる過程は、政治・経済・自然いずれの面においても過激といえるエネルギーに満ちた、日本史上でも特筆すべき変動の時代」(p.241)と述べている。その他、本書では、先述した「荘園公領制」の推展に伴う「中世的文書主義」、独特の発展を遂げた金融業の実相、時代の必然に根ざした「悪党」、室町幕府の「贈与依存型財政」など、日本の中世史において興趣の尽きない話題が、時系列的に収載されている。確かに、「中世に生きる人々は、蕩尽を想像の原動力とすると同時に、蕩尽によって食い荒らされていた」のだろう。だがしかし、「蕩尽から脱する闘いと挫折の繰り返しである日本中世の歩み」(p.246)は、大いに示唆的でもある。