『蒲団』では、処女性が重視され、独身の男女間のセックスが道徳的な非難の対象になる。これは、いかにも古い。
しかし、これはストーリー上は不可欠だが、作品において、さして重要なポイントではない。
作品の中心は、実る可能性の無い恋に悶々としたりするミッドライフ・クライシスのみっともなさにあり、これは実は今でもさほど変わらない。
(花袋は、同じ1907年に、異なる設定でミッドライフ・クライシスを描き出した、ややどぎつい短篇『少女病』を発表している。これは、花袋の関心が個別的な惑溺の描写だけにはなかったことを示していると思う。)
併録の『重右衛門の最後』は、突き放した叙述から、唐突に終盤の悲憤慷慨調に移り、そのまま終わってしまう。
そのフォームのメチャクチャさから、奔放な性などを描く現代小説の多くが実にお行儀が良いことに、逆に気づかされる。
2篇とも、文章は確かに古いけれども、言葉のイメージ喚起力は豊かである。
文学史の資料と頭から決め付けて読むのはもったいない。