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『五輪書』は殺人者としての武士の実践書であり、一方『葉隠』は奉公人(役人)としての武士の心得書である。宮本武蔵は戦(いくさ)を経験していた。その最後の戦から100年、元禄時代は、武士の心がまえが「実戦」から「割腹」へと移行した時代だった。いえば、責任は「果たす」ものでなく、「取る」ものになった。
荻生徂徠は正しく「『武士道』なるものはない、『武芸』があるだけだ」と言った。しかし「武芸」が失われたところに、「武士道」は成立したのである。