ここまで「客」の立場にたった落語論はこれまでなかったように思われます。「落語はライブ」「聴衆が選ぶのはネタではなく演者」「落語に存在するのはキャラではなく人間」「ストーリーではなくセリフが大事」「言葉である前に歌」「一人芸ゆえに案外もろい」「客も参加者」といった著者の落語本質論を読んでいて思い出したのは、「客」としての自分が落語会で体験してきた様々な喜怒哀楽でした。
若かりし頃に落語ライブの素晴らしさを知ったときの満ち足りた気分、演者と客席が一体となったときの異様な高揚感、逆にマズい演者たちの噺を立て続けに聞かされた後のゲッソリ感、ウザイ客によって雰囲気が滅茶苦茶になった際の腹立ち、悲劇的な前座の狼狽ぶりにドキドキしながら「がんばれ」と心の中で応援したくなる感じ、あるいは、特定の噺家さんにほれ込み追っかけをしているときの「恋心」や、一度「嫌い」だと位置づけてしまった噺家さんを、その後だんだんと見方は変わっているのに、なかなか「好き」だと言い出し難くなるあのもどかしさ、などなど、自分の「客」としてのこれまでの経験が、適切な言葉で説明されているように思いました。
また、落語について語るとはいかなることか、という「落語論」そのものについての考察もなされており、面白かったです。本当はその場一度きりのライブがすべてであり、その上、個人ごとに落語体験は全然違うのだから、それについて正しく語る言葉など存在しない、という諦念から出発しつつ、だがそれでもなお「語り」を誘発してやまない落語の「語り方」に関して著者は色々と述べてみます。その核心は、落語論は演者への「嫉妬」から生じる、ということですが、これも自分が落語について熱く語っている際の心情を想起してみると、上手い具合に言い当てているような気がしました。
本書はたったの1ヶ月半で書き上げられたらしく、随所に煮詰め足りないように感じられる部分もありましたが、しかし、即興で書かれたがゆえのライブ感はありまして、この点、なんだか著者が身近に気軽に落語論を語ってくれているような読書感がありまして、個人的には、非常によかったです。