「おわりに」で花緑が書いている通り、野暮を承知で本来なら他人に明かさない、
噺家がネタをどう苦労して自分のものにしているか、ということを明らかにしている
本である。そして、五代目小さんの孫だからこそ、存分に師匠であり祖父である
小さんのエピソードがちりばめられているし、折々に小三治師匠から受けた痛烈かつ
愛情ある指導、『紺屋高尾』を習った時のお礼についての談春の気配りなど、現在
進行形の噺家さんとの交流も、「ここまでバラスの!」という内容が語られている。
古今亭志ん朝師匠直伝の『愛宕山』の稽古の思い出も印象的だ。
9歳から37歳の今までに覚えた145席のネタを3段階に区分して説明していて、
噺家さんと持ちネタの距離感のようなものが分かって落語ファンには興味深い。
また『笠碁』については、いかに師匠小さんの十八番を花緑オリジナルにするために
苦労したか、という一つのネタを巡る物語となっている。
決して花緑という噺家自身にとって「徳」な情報公開には見えないようでいて、結果
として花緑ファンを増やすことになるだろう。私自身が花緑はこれまではそれほど気に
なる噺家ではなかったが、読後には独演会にでも行ってみようかと思うようになった。
落語ファンへのサービス精神と、今までにはなかった挑戦的な試みを評価したい。