登録情報
|
機関銃の如く繰り出される啖呵は芸術である。後半の白砂の場面も
小気味よいテンポで進む。正に細工は流々仕上げは御覧じろである。
「みんなでワイワイワイワイ言いながら、下谷(したや)の山崎町を出まして、あれから上野の山下へやって参りまして、三枚橋をわたって上野広小路へ出てきた。
あれから御成街道(おなりかいどう)をまっすぐに参りまして、そのころ堀様と鳥居様のお屋敷の前をまっすぐに、筋違御門(すじかいごもん)から大通り、神田須田町へ出てまいりまして、
新石町(しんごくちょう)から鍛冶町(かじちょう)今川橋を渡??!!て本白銀町(ほんしろがねちょう)、石町(こくちょう)から本町(ほんちょう) 室町(むろまち)を抜けまして日本橋を渡って通り四丁、
中橋から南伝馬町(みなみでんまちょう)を抜けまして京橋を渡ってまっすぐに、尾張町を参りまして新橋を右に切れて土橋から久保町、新(あた)らし橋の通りをまっすぐに、
愛宕下(あたごした)へ出て参りまして、天徳寺をくぐってて神谷町から飯倉(いいぐら)六丁目
坂をあがって飯倉(いいくら)片町、
そのころ『おかめ団子』という団子屋の前をまっすぐに麻布の長坂をおりまして、十番へ出て、大黒寺坂を上がって一本松から麻布絶口釜無村(あざぶぜっこうかまなしむら)の木蓮寺(もくれんじ)へ着いたときにはみんなずいぶんくたびれた」
と、この長いせり!ち!?を息もつかずにとん、とん、とーんと語りきってしまう。
何回も聞いてるとわかってくるが、この道中付けひとつをとっても
お客さんが聞いた時、心地よく感じるような細かい工夫がいくつも入っている。
さらに、この30秒弱を流暢に語りきるためにどれくらいの稽古が必要だったか
ということを考えれば、志ん朝さんは決して才能だけの人ではないということもわかる。と理屈をこねるのはここまでにして、
志ん朝さんの落語の魅力のひとつにテンポのよさ、ということがあると思うのですが、このCDでは、その粋(すい)を味わうことができます。実際に買って、聞いてみてください。
大工調べ の啖呵も道中付けに負けないくらい凄いですから・・
|
|
|