人から勧められて初めて手にした。
東京裁判は学校での教科書で学んだ程度の知識しかなく、
今回この本を読んで、主人公となった広田弘毅はもちろん
戦争が引き起こしたすべての事象、巻き込まれた人間、
そしてこの戦争を正当化して推し進めていった者たちの
さまざまな思いを一気に感じさせられた気がする。
広田に対しては、その大多数が、
彼の人柄と、この戦争に自分自身をまっすぐに対峙させ、
「無罪」とは言えないと一貫して主張した姿勢からも
好意的な意見ばかりが存在する一方で、
裁判中も多くを語ることなく、また、在任中についても
自らの主張をせずに周囲の言いなりとなっていたと
批判的に見る意見も存在する。
これはまさに表裏一体であり、彼の黙して語らずの精神が
このような両極の意見を生んだのかもしれない。
独裁的・個性的な人間ばかりが政府の中心であった当時に
寡黙な彼は異色であっただろうし、多くを述べずに
自らが信じたことだけに心を尽くそうとした生き方ゆえに
文官でありながら死刑という悲劇が起きたのかもしれない。
当然ながら彼を中心に据えた本作であるから、
当時の他の政治家たちの目から見れば彼はもっと否定的に
言われる点もあるだろうが、それを差し引いても、
当時の陸軍の強行を押さえ込んでいればという思いは
拭い切れない。
そして、彼の表の顔といえる政治家としての手腕や
その実績も去ることながら、一人の家庭人としての
姿に心打たれた。
深い愛情で結ばれていた物静かな妻と物静かな夫。
裁判中に先に自害し、夫の心残りをなくそうと気遣った妻と
彼女亡き後、子どもたちに託す手紙には、
必ず妻の名前を書き、妻宛ての手紙を綴り続けた夫。
この激動の中に巻き込まれても、彼の揺るぎない家庭への
深い愛情と芯の通った生きざまは、
この家族の間にしっかりと息づいていたのだろうなと感じた。
こんな深く厚い人物を、安易に失わせてしまったことは本当に惜しい。