「紅蓮の女王」「天の川の太陽」に続く、黒岩重吾の古代史ものの第三作目にあたる。
蘇我入鹿といえば日本史上の稀代の悪人としての印象が定着している。なぜ黒岩は
入鹿を三作目の主人公に据えたのか?それは黒岩の現代ものを読めばわかる。彼は
悪をずっと描いてきた。といっても単純な悪ではない。黒岩は自らの随筆の中で「悪の
中に悲しみと善を、善の裏の醜と悪に反応する」と語っている。本書に登場する入鹿も
大悪党ではあるが、そこに男としての美意識があり、哲学がある。「野生の荒々しさと
知性が見事に交じり合」った傑物として描いている。乙巳の変についても、傲岸不遜の
逆臣・入鹿が成敗されたといったような単純な話にはしていない。それどころか入鹿と
中大兄皇子・中臣鎌子らが目指していた方向は同じであって、ただその主導権を誰が
握るのかをめぐっての争いであったとの認識に立って物語は進んでいく。(下巻に続く)