落下する夕方は、私が江国さんのファンになるきっかけになった作品。
その映画が作られた事は知っていましたが、原作があるものを映像化する事は難しいというのは、よく知る所。
好きな作品だからこそ、躊躇していたのですが、思い切って観ました。
異論を唱える人もいるかも知れないけど、原田知世さんはすんなり原作のリカとハマりました。他は渡部さんと、菅野さんがどうのというよりも、最後までひっかかったのが、原作に出てくる重要なセリフのカット。
映像化する上で、時間の流れや演出次第で原作とそっくりそのままという訳にいかないのはよくわかる。
だが、原作には3人の主要人物のキャラクターを印象付ける・その時の心象を象徴する秀逸なセリフがそれぞれにあり、不可解な三角関係に説得力を持たせていた。
しかし、本作品の中でそれは出てこない。したがって、
「これじゃ、華子がただ単にエキセントリック少女の印象だけになってる」
とか、「リカの再生の終焉を告げる名セリフは~!」とか、鑑賞中に心が波たって仕方が無かった。そこがものすごーく残念!
(まぁ、どのセリフが重要かなんてそれこそ個人的センスなんですが)
また、気になるのがもう一点。原作には登場しない柴田氏の存在。
話しの筋にも沿わないし、なんのキーにもなっていない気がするんですが。生と死のメタファーとして登場させた?リカのトラウマとして?リカとケンゴの過去に厚みを醸す為登場させた?余計とまではいわないけど、意味が感じられない。華子とは関係ない、リカとケンゴの二人しか知らない共有の負の過去を持たせたかったのか?
全体として、原作が持っている雰囲気を壊していなかった点は良い。
静かな時が流れているあの感じが。
それにしても、日本を意識した演出が随所に出てくるのですが、これって、海外の映画際に出品するのを念頭に置いての事なのかな?
その辺のあざとさが見て取れて、ちょっと興ざめ。
邦画なら、まず日本人に違和感ないように作って欲しいです。