1974年作品、3時間半の大作、
1969年7月市川雷蔵が死去した、訃報はアポロ11号月面着陸という大ニュースが紙面のほとんどを占める中で隅に追いやられたという、既に邦画業界は最初の衰退期に突入していた、雷蔵をライバル視していた勝新太郎の迷走が同時に始まり、黒澤明の低迷、続く大映の倒産、日活の一般映画からの撤退が続く、ゴジラでさえ一度は引退を余儀なくされたのが1970年代の邦画界である、
それでも邦画界が輝いていた時代の残り香というにはあまりにも堂々とした本作のような大作が気負うことなく作られていた事実に驚く、70年代後半から角川映画が全てを刈り取ってしまったような印象を受けながらも、砂の器、皇帝のいない八月、新幹線大爆破、など今も語り継がれる名作が作られたことを日本の映画ファンは誇っていいとおもう、
見所いっぱいの作品であるが、やはり佐分利信の貫禄が最大の見所であろう、佐分利がいたからこそ映像化可能だったと断言しても反論はないだろう、昨今のリメイク・ブームで本作も当然に俎上にはのぼっているのであろうが、おそらくは製作者たちの誰もがいったい現在の俳優達の中で誰が万俵大介を演じられるだろうかと頭を抱えるだろうとおもう、意表をついたキャスティングで21世紀版華麗なる一族を見たいと多くのファンが考えているだろう、
おそらく作者山崎豊子は「華麗なる」という言葉を反語として使っている、新興財閥、つまりはあくどい成金のさらなる成り上がり物語なのだから、華族制度廃止後の戦後では庶民の憧れる成金の贅沢、必ず一抹の淋しさと侘しさを伴っている、が本当に華麗なのか?ということなのだろう、