前作「華族誕生」に続く2部作の後半。
清廉と定評のある日本の軍人・官僚も、明治期には特権的地位利用と汚職において、どこにでもある後進国の例に漏れなかった。とくに薩長の出身者は質が悪かった。薩摩も長州も、幕末から明治にかけての藩内政争があまりにも激しく、生き残った連中はカスばかり。すっかり優秀な人材を枯渇させてしまった。
これには、三條実美も、岩倉具視も、大久保利通も、伊藤博文も、ほんとうに困った。
そこで、一つには、他藩出身者で優秀なのを、個人的にスカウトして藩閥の身内に加えるという手管を使った。
もう一つが勲功・軍功華族と恩賜金というやつ。
明治維新では、江戸時代の武士階級のなかでも最も下級に属した、徒歩、足軽、中間・小者たちが革命勢力の主力となったので、新政府のなかに得た職務地位を除き、経済的基盤や社会的背景を持たない連中ばかりが政権を握ることになった。が、政権首脳部にも、当初は旧体制を根こそぎ倒す考えはなく、せいぜい風通しを好くするぐらいのつもりだったのが、もう時代がすっかり変わっていて、旧体制を温存したままでは、とうてい政権を維持できないことが解ってきた。
どうしたのか。
本書にはないが、まず、天皇家を大資産家にした。
旧時代に幕府、諸藩が管理していた山林のうち、確実に利益が取れるところを帝室財産に組込んで、公的な政府歳入以外のところに大きな収益源を確保した。この上がりを非公然にバラ撒くかたちをとって、軍人・官僚たちの忠誠心を釣りあげる針の餌とした。
たんに、堂上華族や藩閥のお手盛り華族にばかり眼を奪われると中々見えて来ないが、枢密顧問官や貴族院議員、あるいは前官礼遇とか軍功などの名目を付けて恩賜金を供与し、涜職に走りがちな軍人・官僚たちの手綱を引締めようとした。宮中から定期に供与される盆暮れのボーナスだけで、昭和初期、多い者には1回4千円ほど出た(公職の俸給とは別。なおかつ恩賜金は非課税。当時1千円出せば、ちょっとした住宅が買えた)という。
西欧でも中国でも、貴族社会とは、ときの王朝が、政権外に社会的基盤を持つ有力者に名誉ある称号などを提供して、政権協力者に仕立て上げる狙いで成立するが、明治日本の場合、たとえ旧大名家でも、荘園や自留地を所有するでなし、領民からの貢納をピン跳ねしておマンマを食っていたにすぎず、ましてや、旧藩家臣出身者や堂上公家など単なる俸給生活者で、お禄を離れたら、これといって経済力なんか何も持ってない。
大半の華族は、偉そうに見えて、皇室からのお下げ渡しの金で、やっと世間的な体面を保っていたにすぎず、その皇室が、占領軍の政策で膨大な資産を失うと、日本の貴族社会は一蓮托生で消え去るほかない運命だったというわけだ。
独・仏・伊・墺国など西欧諸国へ行くと、世襲王政が廃止され共和制になった今でも、侯爵だの伯爵だのと「貴族」を名乗っている一族がいたりする。(相続税では苦しんでいるらしいが)広大な所有地を抱えて世間も異とするふうがない。こうした貴族制や、インドの「マハラジャ」なんかと、もとから日本の「華族」は別ものだったということなんだろうね。戦後、財産税のため資産を失ったせいってばかりではないんだ。
じつに勉強になった。
なお、官僚への褒章としての旧「華族」制や「恩賜金」の仕組みが、戦後は官僚の「天下り(大宅壮一氏の造語)」システムに換っていることは、読者諸賢みな、ご承知の通り。旧華族制度の表裏を覗くことは、現在の「天下り」システム解明にも繋がると言えよう。