この人の本を読むのは、警察当局のインサイダー情報が読めるから。例えば『東大落城 安田講堂攻防七十二時間』では昭和天皇が「双方に死者は出たか?」と秦野章警視総監に質問をして、双方に死者はなかったと報告すると「それはなによりであった」と喜ばれた、というような話しが載っているんですよ。この本でも警備担当者ならではの話しが出てきました。それは今上陛下が皇太子時代に「ひめゆりの塔」で火炎ビンを投げつけられた後、沖縄の県民感情がガラッと変わったというあたり。火炎ビン事件直後に広報課に命じて緊急世論調査を行ったというのですが、その結果をまとめると「長い間モヤモヤしていたものがあの1発でせいせいした」「1発投げたのはよかった」と火炎ビンに関しては支持をする県民が多かったものの、ご夫妻に当たらなかったことにはホッとしていて、その後の対応にも好感を抱いた、というものだったそうです(p.95-)。
警備担当者として、火炎ビンを投げられるという不手際を演じていながら「1発でせいせいした」という世論の声を持ち出すのはいかがなものかと思いましたが(まるで、沖縄県民のモヤモヤを晴らしたのは、わざと1発投げさせた自分の手柄だみたいな印象を受けますw)。さらに当時の浅沼清太郎長官(存命)と三井脩警備局長(後の長官、死去)に対する人事にからむ私怨を晴らすかのような罵詈雑言は人間性を疑ってしまいます。さらに学がないんじゃないの…と思うのは、沖縄警備にあたって、楠木正成の「七生報国」を誓うとか書いているところ(p.89)。『太平記』など読んでないと思うことがバレバレで、この場面では「七生滅敵」を引用しなければなりません。しかもセリフは「七生まで同じ人間に生まれて朝敵を滅ぼさばやとこそ存じ候へ」という弟・正孝(まさすえ)のもの。ちなみに、南北朝時代に国に報いるなんていうことを考えるハズもなく、「七生滅敵」にインスパイアされて「七生報国」としたのは日露戦争当時の広瀬少佐です(『徹底検証 日清・日露戦争』p.95)。