江戸時代の思想家で古文辞学を標榜した荻生徂徠の思考の枠組みを、当時の思想空間に立脚しながらその組み立てを内外の他の思想家の営為と照らし合わせて明らかにしようとする著書。徂徠の従来のイメージ、徂徠以前の思想の梗概、伊藤仁斎に異を唱えた朱子学者としての言論、中国語の音韻に通暁した立場からの経書の読み替え、論語徴での論語読解、太平策や政談での経済の議論といったところが論点になっていて、荻生徂徠の来歴と業績に触れるには充分な内容だ。というより、専門の議論が深すぎて肝心の論題が時に埋没してしまう気味があるのが、少し残念なぐらいだった。
荻生徂徠の思想が、朱子学の内容をしっかり理解して実践躬行すること、心惹かれた伊藤仁斎の説を批判することから内在的に生まれたのがよくわかる示し方をしていてわかりやすく、その過程で朱子学や伊藤仁斎についての理解をすめてくれるのもいい。そして徂徠学、失われた礼楽をつかもうとする学びと経済の学及び詩文の学へ分かれた学派の様子も少しわかってよかった。
読み終えてみると、朱子学、古学、古文辞学と続く学派の形成と展開が一貫して想起できるように作られている著書だった。また、ここの内容を後世に敷衍すると、中国語の音韻を論語読解に使う荻生徂徠の手法は古代日本語の知識を古事記読解に使う本居宣長の姿と二重写しになる。江戸思想の見晴らし場のひとつとして参考になった一冊だった。荻生徂徠自身の著書もそのうち読んでみたい。