外篇は内篇に比べて内容がまちまちで、
内篇とはまるっきり離れたことも書かれているのですが、
そこは玉石混交ということで
秋水篇など、内篇もかくやと言うような優れたものもあります。
そもそも荘子の万物斉同の立場からすれば
内篇も外篇も雑篇も等しく評価されてしかるべきなのです。
ちょっと言葉の使い方を間違えてる気がしないでもないですが、
僕はそう思います。
また外篇には
いい意味で浮き世離れしがちな荘子の思想をもって
なおかつ"現実と妥協する"ことについても説かれているので、
内篇を読んで
「たしかにいいこと書いてあるけどさぁ…
これじゃただのいい話じゃないか。」
と突き放しそうになった人でも安心して読めます。
内篇の注釈のように読んでみて、
自分なりの荘子観を作ってみてはいかがでしょうか?