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これはヘッセの生涯の親友だったトーマス・マンの言葉である。マンは同じ作家としてこの作品を深く理解していたようだが、しかし一方でこの作品は、当時多くの人々によって激しく非難された。その理由の一端は、この小説における厳しい文明批判や、自己の内面の仮借なき表白、また当時の風紀に反するような描写も含まれているからだろう。
ところで「荒野のおおかみ」とは、世間一般の生ぬるい「満足」に満足できず、その社会通念や価値観に迎合できないアウトサイダー的主人公ハリー・ハラーを形容する言葉である。この50歳近くの主人公はこの世界と自分の存在の無意味さに吐き気を感じ、日々自殺の誘惑に向き合う。そして彼は、自殺が「愚かで卑怯でみじめ」で「不名誉な恥ずべき非常口である」と知りつつもある日ついに自殺を決意するに至るが、その時この小説の本当の展開が始まる。娼婦ヘルミーネやマリア、ジャズ奏者のパブロと出会う中で、戸惑いながらも新たな自己に気づいていき、そして最も謎めいた夢幻的なラストシーンへと向かっていく…。
この作品はその特異性と謎ゆえに決して万人向きではないが、ヘッセのことをより深く知りたい人やアウトサイダーのことに関心のある人に是非読んでみてほしい問題作かつ傑作である。一読しただけでは気づきにくいが、形式的にもかなり計算された技巧的な作品であり、また内容的にも『デミアン』や『シッダールタ』等と根元的なテーマは一致している。ヘッセはこの『荒野のおおかみ』を通過してはじめて、後年の『知と愛(ナルチスとゴルトムント)』やノーベル賞受賞作『ガラス玉遊戯』を創出するに至ることができたのである。(※『ガラス玉演戯』は絶版なので読みたい人は公共図書館等で『ヘッセ全集』を探すことをお勧めします。)
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