関ヶ原の戦いから十数年。斬首されたはずの名将、石田三成が生きていた、という伝説を、著者流にユーモアとミステリの味付けをくわえて展開した連作です。
水戸黄門を思わせる老僧すがたの三成と、それを守る腐乱坊、また語り部である彦七の三人が、伝説にのっとり、米沢、彦根、備前、天草、そして薩摩へと旅をします。
著者の本領であるユーモアは、それぞれの地方の巧みな方言会話などにあらわれていますが、全体としては「面白うてやがてかなしき」歴史のあれこれの裏エピソードをひろってゆきます。黄門さまと同じように、三成もさまざまの事件を解決し、あるいは真相を見抜きますが、勧善懲悪が成るとは言いがたく、徳川の世もまだおちつかぬなか、あちこちに戦乱の余塵がくすぶり、豊臣方を慕うものもあり、キリシタン弾圧あり、滅びてゆくものたちの哀歌がつづられます。
幕府の密命を帯びて、三成を切るべく、ずっと彼を追ってくる柳生十兵衛がこれにからみ、なんと宮本武蔵もちらりと異相を見せたり。
最初の二話は、軽妙なミステリとしての面が強く、意外な殺人の謎を三成が解き明かしたり、仇討ちの相手を探し出したりしますし、各話も「茶坊主の不信」「茶坊主の童心」など某ミステリのパロディのタイトルになっています。
しかし、天草から薩摩のさいごのエピソードは、ミステリというより、歴史の敗者の最後の心意気というか、史実を踏まえた推量に心を打たれます。
戦いの騒擾とそのあとの余韻。歴史小説としての哀感が胸にひろがる佳作です。