死に瀕した人物を題材にした話は数あれど、人間が死に向かって衰えていくまでの
相当な苦痛や寂しさとの戦いを、こんなにもリアリティを持って描いているものはないと思いました。
それもそのはず、著者は病床で、最後の作品として書いたそうです(目もほとんど見えなくなっていたので、妻に清書してもらいながら執筆したとのこと)。
病死は美しく悲しいドラマではなく、いつとも知れない終わりに向かって
苦痛と共に過ごしてい人間の、静かな時の重なりであると思うのですが、
ただそれをセンチメンタルな調子でもなく、広い視野を持って静かに力強く
語っています。
主人公は戦時中からあらゆる手段を使って富と地位を築いていた企業家。
死を前にして、はじめて自分の人生の暗部に対峙します。
今まで他人など駒だとしか思っていなかった主人公が悩み立ち止まったとき、
家族の想いや、若くみずみずしい女性との出会い、
死などまだ身近に感じることのない健康で欲望に満ちた自分の会社の社員との
やりとりの中で、自分の生きてきた意味を探っていきます。
船山作品のすごいところは、老若男女、富める者貧しいもの、夫婦に家族、
あらゆる立場の人間の生々しい臭いを書き起こせることだと思います。
一人一人が天使にも悪魔にもなり、経験によって変わっていく様を、読者は
雲の上から眺めるように、またある時は登場人物になり変わって感じることが
できます。
それは、筆者がジャーナリスト出身で色々な事象の顛末を追い、書き起こしてきた
ことも一つの理由だと思います。
このような作品は、これからも書店に並ぶべきです。
山崎豊子が好きな人は特に、この人の作品も好きなのではないでしょうか。
ぜひ、どんな人にも読んで欲しい名作だと思います。