『病』を扱い、しかも王室の出来事となると、妙に重厚で沈鬱なものになりそうなところ、本作にはそうした雰囲気はありません。品格と重厚感がありながら、決して堅苦しくなく、独特の軽さがあまります。
それは多分、全篇が快いユーモアで彩られているからでしょう。最初の博覧会でのスピーチこそ痛々しい。でも、その後のヨーク公と妻・エリザベスや、言語聴覚士とのやり取りは笑いを誘います。充分なウイットを備え、人付き合いも巧みな印象のあるエリザベスは無論ながら、人見知りなヨーク公でさえも、細かなジョークを放ったりする。
とりわけ、ヨーク公の救世主として現れるライオネル・ローグという人物がユニーク。相手が王族と解ったうえでも「我々は対等だ」と言い放ち、出向いての診察ではなくヨーク公と細君を呼びつける。物怖じすることなくジョークを繰り出し、ヨーク公を振り回す様子は痛快です。
演じる役者たちが素晴らしいのは言うまでもありませんが、生真面目なコリン・ファースと、飄々としたジェフリー・ラッシュの演技合戦は、品格とユーモアが同居する秀逸なもの。妻エリザベスを演じるヘレナ・ボナム=カーターも、いつもの雰囲気とは異なり、ぐっとエレガントで魅力的でした。
そしてクライマックスには、ドイツとの開戦に際して国民に向けてラジオ放送されたスピーチ。スピーチの内容そのものは、普通なのですが、ヨーク公の持つ問題を知る人々の緊張感を巧みに伝えるとともに、ヨーク公と彼を支えたローグやエリザベスとの絆を窺わせ、スリルと感動とを表現している。英国民も、そして我々映画の観客もそのことは十分承知のことだから、国王への期待と信頼がプラスαとして働きます。ベートーベンの交響曲の荘厳なメロディーにのって感動の頂点へと導いていく。
実のところ、ジョージ6世の吃音癖は完璧には矯正しきれていません。だが、それを受け入れ、向き合ったうえで、大衆の前に現れたジョージ6世の姿に、序盤で見せたような弱々しさ、神経質な頼りなさはもはや見られません。
エリザベス女王(ジョージ6世の娘)が、この映画を観て泣いたとの話は、うなずけます。
スピーチに始まりスピーチに終わる物語。愛情と友情、その根底にある一番大切な信頼を教えてくれました。