ここ数年、軽度のうつ病で悩んできたせいか(実際、知人や同僚にもうつ病者は多い)、そちらの方向から世界を見つめてきたのだが、この本の、「いい子」だった若者が目標を見失ったり、疲れてしまうことによって自己崩壊し、殺人や自殺に走るという、実際の事件の分析をもとにした考察は、いじめや親の抑圧など、報復の対象を絞り込める場合にはまだ救いがあるという指摘も含めて、興味深かった。
また、議論しただけで、傷つけられた、謝ってほしい、と怒ったという若者のように、若者が自分を守りながら生きていくための「自己領域性」という殻を育てているという指摘も(私自身、ちょっとした言葉がきっかけで、関係が修復できなくなった若者が何人かいる)。
その救いは、成長する過程で彼らを受容する、母親(的なるもの)=「隣(とな)る者」の存在ということになるが、これはかなり現実には困難だろう。パーソナルな関係をコントロールできない大人、子どもを点数でしか計れない大人が増えてきたからこその現実だろうし、ここまで深く考えて教育に携わっている人間は多くないと思える。
どうすればいいのか。とりあえずは、世界、周囲の人間、そして自分を見つめ、傷つく可能性があっても世界に向かって自分を開き、自分を何度も修正しながら生きていくしかないのだろう。