原宿系と渋谷系の若者のインタビュー、宇多田ヒカルと浜崎あゆみ、「立つんだ 湯川専務!」と「ニャンまげ」など、さまざまな対比を用いて、軽めの語り口で両者の位置づけを確立させていく一方で、「索引」と「徴候」といった概念の導入や、自傷体験をもつ若者へのインタビューを通じて、精神分析医らしい緻密な考証を見せる。
内容的には決して平易ではないが、「メディア論と精神分析を横断」したスタイルがおもしろい。「つまり『ニャンまげ』なんですよ(笑)。あのかわいらしさなんですよね、分裂病患者のかわいさって。(中略)飛びつきたくなる気持ち、よくわかりますねぇ(笑)」といった表現で、メディアと精神分析を同じテーブルに乗せてしまう表現のうまさは見事である。
ストイックな分析に終始することで、見事なまでに「べき」論は排除されている。その代わり、ここに登場する「若者」を自分になぞらえていくうちに、読者の心のありようは浮き彫りにされていってしまう。印象的なモノクロ写真を配したやわらかい装丁に反して、読みごたえのある侮れない1冊である。(大脇太一)
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また、2つのタイプの分類は的確で、なるほどと思いました。
斎藤氏の分類に当てはめてみると、どうも私は「自分探し系」に属するみたいでした。
なので、斎藤氏の「自分探し系」についての分析を読むことで、自分への理解も深まりました。
特に私が印象に残ったのは、P.55「自分探しの答えである自己イメージは、実は探して見つかるものではない。(中略)われわれが生きていく上で、空気のように他者を必要とするのは、他者との接点無くしてわれわれは、けっして自己イメージを把握し、維持することができないためだ」という記述でした。
何かずっと求めていた答えを与えられたようで、この記述で随分救われた気がしました。
ただ、本書全体の印象としては、P.222で氏が書いておられるように、場当たり的でまとまりに欠けているように思えます。
本書を読むことで、若者を理解できるとは考えないでください。
本書に、1400円分の価値があるかは、疑問が残ります。
amazonマーケットプレイスで、かなり安く出ているようですし、私はそちらをお薦めします。
ただ、なんというか。。。本全体を通して何が言いたいのかわからない気がする。著名人と、最近の若者を「自分探し系VS引きこもり系」に分けたところ、その分類の仕方についても「なんとなく」理解できた。けれど。。。。。
どうも芸/芸術について深く追求する前に人を「天才VS凡人」にわけているだけのような気がした。ウタダヒカルVS浜崎あゆみ ダウンタウンVSとんねるず 村上春樹VS村上龍 という比較の仕方も変。自分の世界観の表現をできるのも才能だし、時代の流れをいち早くつかんで一歩先を進むのも立派な才能だろうし。。。。人をタイプ別に分けるのはいいけれど、それをモトち?あれこれ優越つけんなよ~~~~と思った。
な~んか、どうも。。。。う~ん。。。説明の仕方によってはもっと判りやすい本になったかも。
「共感」「反対」「納得」「驚き」などの感想すらはっきりでてこない本で、要するに「若者について」の本ではありませんでした。。