なんとなく侵略戦争ということになっている日中戦争=支那事変の実態を、
北支・中支戦線に足掛け7年従軍した著者が、奥村土牛の孫娘の問いかけに応じ、
わかりやすく解説する。
慰安婦と駆け落ちした兵隊、みんなが首を長くして待った慰問袋、国府軍や
八路軍の動向を通報してくれる村人。日本軍も道路を作ったり学校を建てたり、
戦後残ってくれと懇願された衛生隊もあった。
それにしても支那事変というのは妙な戦争だったようだ。
何であんなに広い中国に兵を展開して8年も戦わなくてはならなかったのか。
日本軍は元々警備のつもりだったのに、国府軍にうまくおびき寄せられてしまった。
逃げる国府軍を追討する。そこへ八路軍が挑発する。それを深追いして逆にやられる。
そうかと思うと、日本軍の目の前で国府軍と八路軍が戦闘をやりだす。同盟軍のはずの
汪兆銘軍が国府軍に寝返る。敵と勘違いして日本軍が汪兆銘軍と同士討ちする。
もうぐちゃぐちゃになって、いつのまにか戦線が大陸に拡大し、やめるにやめられず、
終わってみれば侵略だと決めつけられた。国際世論を味方にした国府側にしてやられた。
戦闘に勝って情報戦・思想戦に完敗した。
支那事変の一部始終を見ると、なんとなく現在の日中関係にも通ずるものがある。