この本を買ったのは十年前。
小説を書いてみようと思った頃だった。
とても難しい本だった。
各章で言っていることは頭では分かっているのだけれども、
心では理解できていないという状態だった。
十年たって、だんだん理解できるようになったが、
急速に理解できるようになったのは、
ここで引用されている文献を読んでからだった。
百聞は一見にしかず。
この本を百回読み直すより、紹介された本を読むほうが理解しやすい。
たとえば、第十章「隠されたデータ」のなかで引用されているヘミングウェイの「殺し屋」。
この作品が載っている短編集読み、その巻末の解説を読み、
ヘミングウェイが創出したといわれる「ハードボイルド」という文体に興味を持ち、面白くなり、
それでヘミングウェイの作品を読んだり、調べたりしているうちに、
リョサの言っていることが氷解したみたいに理解できた。
「日はまた昇る」を読んだ。
ウィリアム・ホークナーの「サンクチュアリ」も読んだ。
ビアスの「アウル・クリーク橋の一事件」も読み、紹介されていないほかの作品も読んだ。
しかし、まだまだ紹介されている本で読んでいない本は多い。
リョサがこの本で言いたいのは、まず書くこととすぐれた文芸作品を読むこと。
私は、初心者が小説を書くのは、金づちの人が初めて泳ごうとしているのとよく似ていると思う。
「あなたも一流のスイマーになれる」という本を暗記するほど読んでも、絶対に泳げない。
100m泳ごうと思えば、100m泳がなければならない。
1000m泳ごうと思えば、1000m泳ぐしかないのである。
また、手本となるスイマーも必要だ。
つまり、少なくとも文学を目指すものであればハウツー本を読むより、
そのテクニックを創出した文学作品を読むこと、
そしてその作家の世界を知ることを暗に示唆しているように思えるのだがどうだろう。
紹介された本は、なかなか全部読めるようなものではない。
この本は、若い小説家にあてた「手紙」というより「挑戦状」のような気がする。