昨今「グローバル人材」なる言葉をよく聞くが、その定義はひどくあいまいで「世界に通用する日本人」とか「世界に認められた日本人」などと言い換えたところでまだよくわからない。本書は芸術界におけるグローバル人材を定義し、世界で戦える日本の芸術家になるためのものの見方、考え方、行動の仕方を書いたものである。その内容は、芸術界のみならず、外交、経済、科学技術など、あらゆる分野で通用する。このことはあらゆる分野に「グローバル人材」が不足しているという現実の裏返しであること、そしてその根っこにある原因が同じであることを物語っている。村上がいうところの「自由真理教」がその正体だ。「戦後の日本人は、首輪をつけられないで育てられてしまった犬のようなもの」と村上は言う。です。「『自由』という名の野良犬」であると。ここでいう首輪とは、最高峰の戦いが行われる場におけるルール、のことである。そのルールを無視し、拒絶し「自分らしさ」にこだわることが自由だと勘違いしている。その「怠惰と欺瞞」に鉄槌を下しつつ、手を差し伸べて、一緒にがんばろう、と檄を飛ばしているのが本書である。
「世界のルールを拒絶することで、社会とつながる自由、世界に出て行く自由、世界のアートシーンで活躍する自由を失っている」という村上の言葉は、いまの日本のおそらくいかなる分野で仕事をしている人間にも重く響くことだろう。「ガラパゴス」などと自虐的になっている暇があったら、近代の歴史、地政学を学び、自分の立ち位置を確認し、敵を研究し、戦略を立てろ、というわけだ。他の多くの分野とおなじく、現代のARTのバトルフィールドは、英米がその文脈をつくった資本主義経済である。貧しさとの闘いではなく、豊かさとの闘いなのだと村上は断言する。地球上においては貧困はまだ大きな問題であるが、それはグロテスクなまでに肥大した富の問題と切っても切り離せない。環境、伝染病、地域紛争といった問題も資本主義というメインの舞台に引きずり出してこないかぎり、根本的な解決はあり得ない。村上の野望はARTの世界の基本ルールであるところの資本主義を完全にマスターし、そのルールを書き変えることだ。日本人が大好きな『坂の上の雲』の主人公たちは、帝国主義のルールを理解しようともがき、それに挑んだからこそ歴史に名が残っているのである。ルールの存在にさえ気づかない、あるいは気づいていても意に介さない日本の「自由な」芸術家たちへの苛立ちを爆発させた本書は、「グローバル人材」の入門書といえるだろう。