出版社/著者からの内容紹介
「街を歩いていると、時々誰が何のために作って展示しているか
と問いたくなる不思議な美しい物体に遭遇します。
そういう眼でみると世の中はそういう物体にあふれているのです。」(本文より)
廃墟写真ともトマソンとも違う、日常に潜む美の謎をテーマにした写真集!
と問いたくなる不思議な美しい物体に遭遇します。
そういう眼でみると世の中はそういう物体にあふれているのです。」(本文より)
廃墟写真ともトマソンとも違う、日常に潜む美の謎をテーマにした写真集!
内容(「BOOK」データベースより)
煙突の上で自分を撮った馬鹿と紙一重の男。「超芸術トマソン」で世間を震撼させた一枚の写真。その煙突男が地べたをはいずり回って撮ってきた“芸術のようなもの”とは。
出版社からのコメント
『超芸術トマソン』赤瀬川原平著の表紙を飾った飯村さんの写真は、高さ20mを越える煙突の上に立ち、地上げで消滅する町と煙突を、棒の先につけた魚眼レンズで撮影したものです。(本書p118参照)
世間を震撼させたこの男は、「煙突男」として一躍有名に。
そんな男が今度は地べたをはいずり回って撮ってきた
芸術のようなものとは?
著者が展示会で発表した作品から名品ばかりを集めたベスト版!
世間を震撼させたこの男は、「煙突男」として一躍有名に。
そんな男が今度は地べたをはいずり回って撮ってきた
芸術のようなものとは?
著者が展示会で発表した作品から名品ばかりを集めたベスト版!
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
飯村 昭彦
1954年東京生まれ。専門学校桑沢デザイン研究所写真科卒業。雑誌などでカメラマンとして活動。1983年麻布谷町の煙突に登って写真を撮影し、赤瀬川原平著『超芸術トマソン』の表紙に。以降「煙突男」として知られる。「超芸術トマソン観測センター」同人として活動。2000年よりギャラリーで「芸術状物質」の作品を発表(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1954年東京生まれ。専門学校桑沢デザイン研究所写真科卒業。雑誌などでカメラマンとして活動。1983年麻布谷町の煙突に登って写真を撮影し、赤瀬川原平著『超芸術トマソン』の表紙に。以降「煙突男」として知られる。「超芸術トマソン観測センター」同人として活動。2000年よりギャラリーで「芸術状物質」の作品を発表(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
About this Title
町を歩いていると、時々誰が何のために作って展示しているのかと問いたくなる不思議な美しい物体に遭遇します。そういう眼で観ると世の中はそういう物体にあふれているのです。
私は最初のうち、これは人間の性質とは関係無くできた結果を、ひねくれた想像力でそのように妄想しているだけだと思っていました。しかし観察を続けるにつれ、どうやらそうではないのではないか、これは動物が習性のままに作り上げた巣を「大自然の造形」として観賞するのと変わりないのではないか、人間という動物は巣のまわりに人間が芸術と呼んでいるような物体を築き上げる習性を元々持っているのではないか、そんなふうに思い始めたのです。
画家や美術家のような人達というのは、その無意識の部分に着目したり解放できる人なのではないかと。
できたばかりの時は人工の勝利をうたっていたような物が、今日もまた人知れず一歩一歩と大自然の側に朽ち果てて行き、私達はそれを意識のどこかに蓄積して行くのです。
私は最初のうち、これは人間の性質とは関係無くできた結果を、ひねくれた想像力でそのように妄想しているだけだと思っていました。しかし観察を続けるにつれ、どうやらそうではないのではないか、これは動物が習性のままに作り上げた巣を「大自然の造形」として観賞するのと変わりないのではないか、人間という動物は巣のまわりに人間が芸術と呼んでいるような物体を築き上げる習性を元々持っているのではないか、そんなふうに思い始めたのです。
画家や美術家のような人達というのは、その無意識の部分に着目したり解放できる人なのではないかと。
できたばかりの時は人工の勝利をうたっていたような物が、今日もまた人知れず一歩一歩と大自然の側に朽ち果てて行き、私達はそれを意識のどこかに蓄積して行くのです。