赤瀬川原平氏が、様々な媒体に寄せた芸術に関するエッセイ集。
すべてが面白いわけではなく、簡単に読めそうで読めない
本でありますが、ところどころ、興味深い考察に出会います。
「子供はみんな芸術家である、労働者ではない。つまり人間は
その人生の最初期に芸術家を通り抜けて、その後で労働者と
なり、経済人となり、社会人となる。
これは人類史においても同じようで、数千種の哺乳類
の海から生まれた人類というものは、まずはじめに芸術
といいうものを通り抜けて人類になったという。」
人類→自意識→言葉→芸術の順番ではないのです。
人類→芸術→意識→言葉の順なのです。
いや、芸術→人類→意識→言葉かもしれません。
人類の歴史と人間(子供)の成長過程は、パラレルなのです。
そして、赤瀬川氏は、「路上観察」なる活動で、
路上のゴミのようなものを採集してきて感動する自分たちを
千利休に重ね合わせます。
千利休が、日常雑器であった高麗茶碗に「美」を見出した
のと同じ感性で、路上観察を行っているのです。
「美」とは、創造するものではなく、発見するものだという
ことになります。これは、芸術以前の芸術であります。
意図が強いもの、作為が見え見えなものは、美しくない
のかなぁ、とか考えたりもします。宿題を与えられた気分です。
芸術を考える上で、役に立つ本であることは間違いありません。