花柳界の本質をつかんだ名著の誕生である。本書は、今風の学者が付け焼き刃で書いた「芸者概論」ではない。長年新橋に席を置き、その世界を愛する著者が、古典文芸や芸能、あるいは折口学への深い造詣を糧として芸者の世界を詠い上げている。その姿勢はあくまでも客観的であることを心がけているようだが、根底に一貫するものは、失われつつある花柳界への、さらにいえば花柳界とともに生きてきてついには滅び去りつつある、日本の民俗やその奥にひっそりとたたずむ日本人の心への挽歌ではないだろうか。
評者も花街文化には感心があり、いままでも目に付く本は読んできたが、これほど知らないことで埋め尽くされた書物に出会ったことがない。芸者の発生から職掌、関連職種との関係など、具体的であますところがない。とくに明治以降の花柳界については、関連の社史編纂に携わったというだけあって、まことに手際よくまとめられている。
このような本を書いたのはいったいどんな人なのだろう。文章から滲みでる感性は、上品な老紳士のもののようでもあるが、ひょっとすると女性かとも疑わせるところすらあった。本書の資料編として「名妓の資格」という聞書きが続刊されるという。楽しみである。
最後に、上品で記号性に富む装丁にも好感が持てる。夕陽に映る厚層ビル群のシルエットを眺める芸者の立ち姿は、どこか寂しげであり、本書の内容と奥深く共鳴しているように思われた。